Case_6 ハイパフォーマーならパワハラしても許される?
映像制作部門のAプロデューサーによる明らかなパワーハラスメントに該当するような言動に、どう対処するか悩んでいます。今のところ、訴訟沙汰には発展していませんが、いつ訴えられても不思議ではない状況です。人事としては、そうなる前になんとか手を打ちたいと考えています。
Aプロデューサーは数々の実績があり、いわば当社の稼ぎ頭です。個人指名で仕事の依頼があるほど、顧客からの信頼も厚い人物です。豪快な人柄なので逸話も多く、社内外問わず、業界ではちょっとした有名人で、「困ったときのA頼み」と言われることもあります。表向きはそれでいいかもしれませんが、部下に対しては言葉遣いが乱暴で、そのうえ気に入らないことがあると怒鳴り散らしたり、手が出ることもあります。
さらに、自分のミスを部下のせいにするのは日常茶飯事で、彼の下についた者はほとんどが潰れて退職してしまうため、部下の入れ替わりも激しくなっています。現在残っている者も、Aプロデューサーの顔色を見ながら仕事をしているような状況です。
お恥ずかしいのですが、上層部はこの事実を知っているはずにもかかわらず、会社への貢献度が高いAプロデューサーに対して強く言う者はなく、「ほどほどにしておけよ」程度の注意で済ませてしまっています。そのせいで、一向に態度が改まらないどころか、エスカレートしているようにも見えます。
それでなくても、なかなか若手が育たないのに、このままAプロデューサーの横行を野放しにしておくと、若手育成どころではありません。訴訟や離職といった大きなリスクに気づきながらも対策に動けていない今の状況を何とか打開したいのですが、このような場合、いったいどうすればいいのでしょうか。
■こころの声■
- 仕事ができるだけに難しいケースですよね。
- 原因がわかっていながら、将来ある若手が辞めていくのを黙って見過ごすことほどつらいことはない。
対応の考え方
パワハラを組織全体の問題として対応する
パワーハラスメント(以下パワハラ)とひとことでいっても、その判断基準はグレーゾーンを含むのも事実です。労働施策総合推進法ではパワハラを、『職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの3つの要素を全て満たすもの』と定義しています。
この事例でAプロデューサーの何がパワハラに該当するかといえば、暴言や暴行が挙げられます。気分次第の乱暴な言動に対しては、おそらく誰もが抗議したい気持ちを持っていたでしょう。
しかし、上層部でさえ、強く注意しないとなれば、部下は面と向かって抗議したところで、何も変わらないと会社に対して見切りをつけてしまうのも無理はありません。実際、覚えのないミスの責任を押しつけられた部下が、Aプロデューサーに直接抗議することなく、会社を辞めたことがあったそうです。
このまま放置することの企業リスクを考える
ここで、企業リスクの観点で考えてみましょう。今回の件は、Aプロデューサーが稼ぎ頭であることが問題を難しくしています。稼ぎ頭を処分することで会社の業績が悪化してしまうかもしれません。ですが一方で、明らかなパワハラを看過すれば、被害者が訴えを起こすかもしれません。訴訟問題に発展して表沙汰になれば、和解金や賠償金が必要になる場合があります。企業としてのイメージダウンも否めませんし、そのイメージを払拭するためには相応を費用と時間が必要となります。
このジレンマを打開するために、経営陣に問題の重大さを理解してもらい、①パワハラの禁止を社内規定に追加する、②Aプロデューサーにパワハラのリスクを伝える、③Aプロデューサーを同等かそれ以上の役職者とペアにして仕事を監視する、④評価基準に部下育成の項目を追加し、Aプロデューサーの評価を下げる、の4つの提案をしました。
組織として対策をとること、個人に向けて働きかけることを整理
提案した介入策の優先順位をつけるため、さらに話を聞いてみると、この会社では今回の件に限らず、あちこちにパワハラが散見されるようでした。そこで、まず経営陣の理解を得た上で、Aプロデューサーを含む管理職全員に研修を受けてもらうことになりました。研修を受けた管理者は、今度は講師として内容を部下に説明してもらうと事前に伝えることで、受講動機を高める工夫もすることになりました。さらに、自社で実際に起きたパワハラを事例として使うことで、当事者意識を高めることができました。
また、稼ぎ頭ということで上層部も黙認してしまったわけですが、訴訟問題となる可能性がある以上、Aプロデューサーに、現在の言動がパワハラに該当すること、ただちに改善しないと訴えられる可能性があること、もし訴訟問題になった場合の会社と個人の損失などを、しっかりと説明した上で、注意を促すことができる人物を見つけ、話をしてもらうことも必要です。この事例では社労士、弁護士、Aプロデューサーがお世話になった人などをあたり、本人が納得しやすい相手を見つけられたことが解決への糸口になりました。
文責:保健同人社EAPコンサルタント